世界のDesign & Make Awards 2025受賞事例から、建設業界におけるAI・BIM・デジタルツイン活用の最新トレンドと、明日から実践できる導入ステップを解説します。

世界の「Design & Make」から読み解く建設DXとAI活用の未来
2025年も終盤に差し掛かり、日本の建設業界では人手不足・技能継承・安全管理・生産性向上が、かつてないほど重いテーマになっています。一方で世界に目を向けると、Autodeskの「Design & Make Awards 2025」に選ばれたプロジェクトの多くが、BIMとAI、デジタルツインを積極的に活用し、これらの課題を一歩先に解決し始めています。
本記事では、「Design & Make Awards 2025」で表彰された世界各地の建築・土木・製造プロジェクトを題材に、建設業界向けにAI・BIM・デジタルツインの実践的な活用ポイントを整理します。本シリーズ「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」の一環として、明日からの現場改善に直結するヒントを、日本の読者向けに噛み砕いて解説します。
1. 世界の先進プロジェクトが示す「建設DX」の到達点
Design & Make Awards 2025 では、48か国から320件の応募があり、その中から22件が受賞しました。特に建設・インフラ分野(AEC)の事例は、日本の建設会社・ゼネコン・サブコンにとって、**DXとAI活用の“ロードマップ”**とも言える内容です。
1-1. 3DプリントとBIMでつくる「省資源・高付加価値」建築
ドバイのビジョン2030に沿って、新築建物の25%を3Dプリンティングで建設するという挑戦が進んでいます。受賞した設計事務所 JT+Partners は、世界初となる3Dプリントによるモスク(約2,000㎡、礼拝者600人収容)を計画し、AutodeskのBIMツールを中核にしたデジタルモデルで実現に動いています。
この事例から見えるポイントは次の通りです。
- BIMモデルが「3Dプリンタのための施工図」になる
- 鉱物を混合した材料と精密なモデルにより、
- 材料廃棄量を60%以上削減
- 輸送に伴うCO₂排出を30%削減
- 複雑な装飾や曲面も、デジタル上で事前検証してから造形可能
日本でも、コンクリート3Dプリンタやプレキャストの高度化が進みつつありますが、前提となるのは高精度のBIMモデルと一元管理されたデータ環境です。3Dプリントそのものより先に、
「BIMで施工可能なレベルまで情報を入れたデジタルモデルを作り込めるか」
が、DXの第一関門だといえるでしょう。
1-2. デジタルツインで「維持管理・運行」を変える:Metro Istanbul
18路線・235駅を持つトルコ最大級の地下鉄事業者 Metro Istanbul は、駅から列車・エスカレーター・照明に至るまで、資産をすべてデジタルツイン化する取り組みで表彰されました。
BIMモデルにセンサー等のリアルタイムデータを連携し、
- 設備点検のタイミングをデータで判断
- エネルギー消費を可視化・最適化
- トラブル発生前の予兆を検知し、事前対応
といった、「運営フェーズ」の高度化を実現しています。
日本の建設会社にとっても、これは引き渡し後の維持管理ビジネスへの参入という観点で重要です。BIMを単なる設計・施工のための3Dではなく、
- **ライフサイクル全体で使われる“情報資産”**として設計する
- 設備ID・メンテ周期・保守履歴などをモデルに組み込む
といった視点で、案件段階から「将来のデジタルツイン」を意識することが、海外事例とのギャップを埋めるカギになります。
2. AI × インフラ設計:ルート検討と環境負荷を同時に最適化
Awards 2025 では、インフラ分野でもAIとBIM/CIMを組み合わせた先進事例が複数選ばれました。とくに、日本の土木設計・建設コンサルに直結するのが、ブラジルの鉄道計画「Nova Ferroeste」の事例です。
2-1. 1,300kmの鉄道ルートをAIで自動探索:TPF
ブラジル南部で計画された全長1,300kmの貨物鉄道では、従来1年かかっていたルート・線形の検討を、Civil 3DとInfraWorksに搭載されたAI機能で4か月に短縮しました。
AIを活用したポイントは、
- 地形・地質・既存構造物・環境規制などの制約条件を入力
- 多数の候補ルートを自動生成
- 施工コスト・運行時間・環境負荷を指標にした「評価スコア」で比較
というワークフローです。その結果、
- 輸送コスト 20%削減
- 所要時間 80%短縮
- エネルギー使用量・排出量・渋滞を最大35%削減
という試算が得られています。
2-2. 日本のCIM・道路・鉄道計画への応用
日本のインフラ設計でも、AIとCIM/BIMを組み合わせることで、次のような使い方が現実的になりつつあります。
- ルート検討の自動化・半自動化
- 山岳部の道路トンネル・橋梁配置の最適案を複数パターン生成
- 工事用ヤード・仮設計画のシミュレーション
- 大型重機の動線・安全距離を自動検証
- 環境影響評価の早期可視化
- 騒音・日影・渋滞リスクをモデル上で定量評価
いきなり「すべてAIに任せる」必要はありません。まずは、
- プランナーが“たたき台”をAIに出させる
- 技術者が日本の基準や経験値で絞り込み・修正する
という**人とAIの協調設計(コ・デザイン)**からスタートするのが現実的です。
3. 施工フェーズでのAI・BIM活用:安全管理と手戻り削減
Awards 2025 では、施工段階でのBIM/デジタル活用により、手戻りと工期リスクを大幅に抑えた事例も選ばれています。日本の現場に直結するポイントを整理します。
3-1. 半導体工場での4D BIMとスキャン活用:Boustead Projects
シンガポールのBoustead Projectsは、新しい半導体工場建設で、
- 共通データ環境(CDE)としてクラウドBIMを採用
- 4D BIM(工程+3D)の活用
- LiDARスキャン+フォトグラメトリで出来形をデジタル化
を徹底することで、
- 干渉(クラッシュ)を60%削減
- リワーク(手戻り)を20%削減
- 全体効率を30%向上
という成果を上げました。
日本の建設現場への示唆
日本でも、同様のワークフローは十分実現可能です。
- 4D BIMで安全と工程を同時管理
- 高所作業・重機作業が重なる工程を事前に可視化し、危険な重複を排除
- スキャンデータとBIMの自動照合
- AIで出来形点群とBIMの差分を検出し、
- 打設レベルのずれ
- 開口位置のミス
- 鉄骨・配管の干渉 を早期に発見
- AIで出来形点群とBIMの差分を検出し、
- 写真・動画×AIで安全監視
- ヘルメット未着用エリアの自動検出
- 立入禁止区域への侵入検知
「AI=難しい・大規模投資が必要」と考えがちですが、実際には、
1現場で1〜2テーマ(例:干渉チェックの自動化、安全装備の着用確認)に絞ってPoCする
ところから十分始められます。
3-2. データがつながると「ライフサイクルの価値」が変わる:Lantis
欧州の大規模インフラ「Oosterweel Link」では、計画・設計・施工・維持管理までを一つのデータ基盤で連携しています。これにより、
- 設計の意図を維持管理側が正しく理解
- 施工中に発生した変更履歴も、将来の更新工事に活用
- 点検結果が設計側にフィードバックされ、次案件の標準改善につながる
といった、「データが循環するインフラ運営」が実現しつつあります。
日本の建設会社も、BIM/CIMを案件ごとの“使い捨て”ではなく、企業資産として蓄積・再利用する仕組みを整えることで、
- 積算・工程・安全計画の“標準化・テンプレート化”
- 熟練技術者のノウハウを仕様・ルールとしてモデル内に埋め込む
といった、中長期的な生産性向上につなげることができます。
4. エネルギー・防災・文化継承におけるAIとBIMの新しい役割
建設DXは、生産性向上だけでなく、エネルギー転換・防災・文化財保護といった社会課題にも大きなインパクトを与えています。Awards 2025 の事例から、建設業界に関わるポイントを抜粋します。
4-1. 再生可能エネルギーと送電ネットワーク:ScottishPower
英国のエネルギー企業 ScottishPower グループのSP Energy Networks は、風力発電などの再エネからの電力を蓄電池に貯め、数百万世帯を支える大規模ネットワークを構築しています。
ここでも、BIMとデジタルツインが重要な役割を果たしています。
- 送電設備・変電所・蓄電池の3Dモデルと属性情報を一元管理
- ネットワーク全体の電力フローをシミュレーション
- 障害発生時の影響範囲と復旧計画を事前に検討
日本でも、再エネ導入やデータセンター向けの電源供給プロジェクトが増えています。これらはすべて、**土木・建築・プラント・電気設備が一体となった「複合プロジェクト」**です。
建設会社側としては、
- 早い段階からBIMベースで設備・土木・建築のモデルを統合
- 将来の運転・保全を意識した情報項目(点検周期・予備品情報等)を整理
しておくことで、エネルギー事業者から見ても「運用しやすいインフラ」を提案できます。
4-2. 防災・文化財保護とデジタル:ニュージーランドと中国の事例
ニュージーランドのTe Rua Archivesは、大地震にも耐える国立アーカイブ施設として設計され、先住民族マオリの文化的価値を重視した計画が行われています。BIMと環境シミュレーション、さらにはXR(拡張現実)による合意形成が活用されています。
中国の三星堆博物館では、
- 設計〜施工〜運営まで一気通貫のデジタルワークフロー
- 1,500点を超える出土品のデジタルレプリカ
- 世界中からオンライン見学が可能なバーチャルミュージアム
という形で、文化財保護と観光・教育がデジタルで結びついています。
日本でも、防災拠点となる庁舎・災害公営住宅・歴史的建造物の保存・再生プロジェクトが増えています。ここにBIMとAIを組み合わせる具体的な方向性として、
- 地震・津波・土砂災害シナリオをBIM上でシミュレーション
- 避難動線・避難所運営を3Dで検証
- 文化財の点群スキャン+AIによる劣化検知
などが考えられます。これらは、社会的意義が大きいだけでなく、長期的な維持管理契約や観光・教育分野への新ビジネスにもつながり得ます。
5. 日本の建設会社が今すぐ始められるAI・BIM導入ステップ
ここまで紹介した世界の先進事例は、スケールも予算も大きく、「自社には関係ない」と感じるかもしれません。しかし共通しているのは、小さな一歩から始め、成功体験を積み重ねているという点です。
日本の建設・土木企業が2026年に向けて取り組みやすいステップを、シリーズの文脈に沿って整理します。
5-1. ステップ1:BIM/CIMの“情報レベル”を上げる
- 2D図面中心から、BIMモデルを契約成果物の一部に位置づける
- モデル内に「安全・維持管理」関連情報(点検箇所、仮設計画、危険エリア)を入れ込む
- 小規模な建築・造成現場でも、標準ディテールをBIM化してテンプレート化
5-2. ステップ2:現場データのデジタル化とAIの“入り口”づくり
- 日々の進捗写真・動画をクラウドに集約
- 点群スキャンやドローン空撮を、月に1回からでも試験導入
- AIを使って、
- ヘルメット・安全帯の着用チェック
- 危険エリアへの立ち入り検知
- スキャンデータと設計BIMの差分抽出
など、安全管理と手戻り削減に直結する用途から着手する。
5-3. ステップ3:デジタルツインとライフサイクルビジネスへの展開
- 官民問わず、維持管理までを視野に入れたBIM要件のヒアリングを行う
- 自社側から、以下のような提案を積極的に行う
- 「デジタルツイン前提のモデル構成案」
- 「点検データの連携方法」
- 完成後の施設運営に対して、
- 定期スキャンサービス
- デジタルツインの更新・改善サービス
といった新たなサービスメニューを検討する。
まとめ:世界の先進事例を「自社の次の一歩」に変える
Design & Make Awards 2025 に選ばれたプロジェクトは、3Dプリント建築、AIによる鉄道ルート最適化、デジタルツインによる運営高度化、再エネネットワーク、防災・文化財保護まで、多岐にわたります。しかし、その根底にあるのは一貫して、
BIMを情報の基盤とし、AIとつなぎ、安全・生産性・サステナビリティを同時に高める
という思想です。
日本の建設業界でも、人手不足と安全・品質への要求が高まるなか、AI導入はもはや「いつかの投資」ではなく、現場を守るための実務的な選択肢になりつつあります。本シリーズ「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」では、今後も、
- 具体的なツール活用事例
- 小規模現場から始めるステップ
- 現場・本社それぞれの役割分担
などを掘り下げていきます。
自社の現場で、最初にAIを使って解決したい課題は何か? これを明確にするところから、次の一歩が始まります。いま世界で起きている変化を「遠い話」で終わらせず、来年度のプロジェクトでぜひ一つ、実験的なAI・BIM活用に踏み出してみてください。