Autodeskと米コミュニティカレッジの連携事例から、建設業界のAI×BIM人材をどう育て、現場の生産性向上と安全管理に結びつけるかを解説。

建設DX時代、「AIが使える人」をどう育てるか
2025年も終盤に入り、日本の建設業界では、AI・BIM・クラウドを前提とした現場づくりが急速に進んでいます。一方で、どの企業も口をそろえているのが「人が足りない」「AIを現場で使いこなせる人材がいない」という課題です。
本記事では、海外の具体例として、Autodeskが米国のコミュニティカレッジ「Wake Technical Community College」と大手設計コンサル「Kimley-Horn」と連携し、6,000人以上の学生をDesign and Make分野の人材として育成する取り組みを紹介します。
単なる教育支援のニュースではなく、これはまさに「建設業界のAI導入」を成功させるための人材戦略モデルです。日本のゼネコン、サブコン、設計事務所、設備工事会社などが、どのように自社の人材育成や産学連携に応用できるのかを、建設DX・AI活用の視点で深掘りしていきます。
Autodesk×Wake Techのパートナーシップ概要
まず、この取り組みの骨子を整理します。
- Autodeskが米国最大級のコミュニティカレッジのひとつであるWake Techに約25万ドルを寄付
- 建築・土木・製造分野向けの業界標準クラウド/ソフトウェア(Autodesk Forma、Autodesk Construction Cloud、Civil 3D、Fusion など)をカリキュラムに本格導入
- 大手設計コンサルであるKimley-Hornのインターンプログラムを組み込み、教室から現場へ直結する人材パイプラインを構築
- 6,000名以上の学生が、設計・エンジニアリング・建設分野の高需要職種に必要なスキルと資格を身につけることを目指す
ポイントは、
「教育機関(学校) × ソフトウェアベンダー × 実務企業」が一体となり、AIやBIM、クラウドツールを前提とした**“Design and Make(設計し、つくる)人材”**を計画的に育成していること。
これは、建設業界のAI導入ガイドという本シリーズのテーマとも直結します。AIを活用した画像認識による安全監視、BIMとの連携、工程管理の最適化などは、ツールだけあっても使いこなせる人材がいなければ成果につながりません。
なぜ今、「AI×建設人材」の育成が急務なのか
世界的な人手不足とスキルギャップ
Autodeskの調査では、Design and Make関連の企業の**58%が「スキルのある人材不足が成長の大きな障壁」**と回答しています。特に米国建設業界では50万人以上の労働者が不足していると言われ、インフラ整備や再開発プロジェクトに深刻な影響を及ぼしています。
日本でも、状況は同様かそれ以上です。
- 技能労働者の高齢化
- 若年層の建設業離れ
- 膨らむ保守・更新需要(インフラ・建築ともに)
このギャップを埋める唯一の道が、
- 生産性向上(AI・自動化・プレファブ化など)
- AIやデジタルツールを駆使できる新しい人材の育成
の両輪を同時に回すことです。
AIスキルの需要は「爆発的増加」
AutodeskがDesign and Make関連の求人約300万件を分析したところ、AIスキルに関する言及が640%増加していたと報告されています。
建設・インフラ領域で求められているAI関連スキルの例:
- 画像認識を用いた安全監視や出来形管理
- BIMモデルからの自動数量拾い・工程シミュレーション
- センサーやIoTデータを用いた施工計画の最適化
- 生成AIによる図面チェック、施工要領書や安全書類のドラフト作成
つまり、**「AIが扱える土木技術者」「BIMとAIを理解している施工管理者」**は、今後どの国でも引く手あまたになる職種です。Wake TechとAutodeskの取り組みは、まさにこうした将来の需要を見据えた教育モデルだと言えます。
産学連携で「教室から現場」へのギャップを埋める
Autodesk Forma・Construction Cloud・Civil 3D・Fusionの役割
Wake Techでは、設計から施工、製造までをカバーするAutodeskのクラウド&AIツール群をカリキュラムに組み込みます。これにより、学生は以下のような実務に即したスキルを身につけることができます。
- Autodesk Forma:都市計画や敷地計画の初期段階で、日影・風環境・エネルギー性能などをシミュレーションし、AIの提案をもとにプランを最適化
- Autodesk Construction Cloud:図面・BIM・工程・品質・安全情報をクラウドで一元管理し、現場と事務所、設計者間でリアルタイム連携
- Civil 3D:道路・造成・上下水道などの土木設計を3Dで行い、数量計算や干渉チェックを自動化
- Fusion:製造業向けの3D CAD/CAM/CAE統合環境。建設用治具やプレファブ部材、ロボット施工に使う部品設計などに応用
これらのソフトは、すでに多くの日本企業でも導入が進んでおり、「学校のPC」と「実際の現場」で同じツールを使うことは、即戦力人材の育成に直結します。
インターンシップで「AIを現場でどう使うか」を体験
さらにこの取り組みの重要なポイントは、Kimley-Hornのインターンプログラムとの連携です。
学生は、授業で学んだBIM・AI・クラウドツールを実際のプロジェクトで試しながら、
- どの工程でAIを活用すると安全性が高まるのか
- どのタイミングでBIMモデルを更新し、現場と共有するのが最も効果的か
- 施工データをどう蓄積すれば、次の現場の生産性向上に活かせるのか
といった、「現場でのAI活用ノウハウ」を体得できます。
これは、本シリーズで繰り返し述べている**「熟練技術のデジタル継承」**の仕組みづくりとも重なります。AIやBIMはあくまでツールであり、ベテランの知見と組み合わせたときにこそ価値を発揮します。その橋渡しをするのが、こうしたインターンやOJTの場なのです。
日本の建設会社が学べる「3つの実践ポイント」
Wake TechとAutodeskの事例は海外の話ですが、日本の建設・インフラ企業にとっても多くの示唆があります。ここでは、すぐに検討できる3つの実践ポイントを整理します。
1. 自社の「AI×BIM人材像」を明確にする
まずは、採用・育成したい人物像を具体的なジョブロールとして定義することが重要です。
例:
- AI活用施工管理者(画像認識で安全監視・進捗確認ができる)
- BIMコーディネーター(BIMモデルと現場データをつなぎ、生産性向上をリードする)
- デジタル土木エンジニア(Civil 3Dや点群データを使って設計・出来形管理を行う)
それぞれに対して、
- 必要なソフトウェアスキル(BIMツール、AIプラットフォーム、クラウド)
- 必要な現場知識(安全管理手法、施工手順、品質基準)
- 求めるマインドセット(データドリブン、改善志向、チーム連携)
をリストアップし、教育機関や社内研修の設計図に落とし込んでいきます。
2. 地域の高専・大学・専門学校と「共通カリキュラム」を作る
Wake Techのような取り組みを、日本でも実現することは十分可能です。
- 近隣の高等専門学校、工学系大学、建築系学科を持つ専門学校などと連携
- 自社や業界団体で使っているBIM/AIツールをカリキュラムに組み込んでもらう
- 施工管理・安全管理・工程管理の実務プロセスを教材として提供
- 毎年、一定数のインターンシップ枠を用意し、「教室→現場」への流れを固定化
重要なのは、単発の講義や寄付で終わらせず、**「毎年◯名のAI×BIM人材を輩出する5年計画」**のように、長期的な人材パイプラインとして設計することです。
3. 既存社員にも「AIリスキリング」の場を
AI導入は、新卒人材だけでなく、すでに現場を支えている社員の力を活かしてこそ効果を発揮します。
- 画像認識AIによる安全監視ツールの操作トレーニング
- BIMモデルと現場出来形データを照合するワークショップ
- 生成AIを活用した施工計画書・安全書類のドラフト作成研修
など、現場の課題に直結したテーマでリスキリングを行うことで、
- ベテランの熟練技術×AI
- 若手のデジタルスキル×現場知識
という組み合わせが生まれ、組織全体の生産性と安全管理レベルが一気に引き上がります。
AI時代の建設教育は「ツール」から「キャリア」へ
Wake TechとAutodeskの取り組みから見えてくるのは、AI時代の建設教育は単なるソフトウェア教育ではなく、キャリア教育そのものだという点です。
- 学生は、高校卒業後の進路として「AIを使いこなす建設・インフラエンジニア」という選択肢をリアルに描ける
- 企業は、「AI・BIMが前提の新しい働き方」を提示できるため、若手採用の魅力度が上がる
- 社会全体としても、人手不足の建設業界に高付加価値な人材を継続的に供給できる
本シリーズ「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」では、ツールの選び方や現場での活用方法に加えて、今回のような人材・教育・組織づくりも重視しています。なぜなら、AI導入において最大のボトルネックは技術ではなく、**「それを活かせる人とチーム」**だからです。
まとめ:自社版「Wake Techモデル」を描こう
本記事で紹介したAutodeskとWake Techのパートナーシップは、
- 業界標準のAI・BIM・クラウドツールを教育の現場に導入
- 実務企業とのインターンシップで「現場でのAI活用」を体験
- 数千人規模でDesign and Make人材を計画的に育成
という点で、建設業界のAI導入における理想的な人材育成モデルのひとつです。
日本の建設会社・設計事務所・インフラ企業が、これを自社版として応用するには:
- 目指す「AI×建設人材像」を定義する
- 教育機関との共通カリキュラムを設計する
- 新卒・中途・既存社員を含めたリスキリング計画を立てる
という3ステップから始めるのが現実的でしょう。
AI・BIM・クラウドを活用した生産性向上と安全管理の高度化は、もはや「やるか・やらないか」ではなく、「どれだけ早く、人材と組織を変革できるか」の勝負になりつつあります。
自社では、3年後・5年後にどのようなAI人材が何人必要になりそうでしょうか。そして、その人材をどのようなパートナーと組んで育てていくべきでしょうか。今こそ、自社版の「Wake Techモデル」を描きはじめるタイミングです。