港湾工事で進むi-Construction 2.0とインフラDXの最新動向を整理し、AI・BIM/CIM・遠隔施工を自社の生産性向上と安全管理に生かす具体策を解説します。

港湾工事DX最前線:i-ConstructionとAIで現場はどう変わるか
建設業界全体で人手不足と熟練技能者の高齢化が深刻化するなか、とりわけ港湾工事は「24時間稼働」「厳しい自然環境」「大型重機の集中」という三重苦を抱えた現場です。そこへ本格的に乗り込んできたのが、i-ConstructionとインフラDX、そしてAIです。
国土交通省は、2040年度までに建設現場の省人化3割・生産性1.5倍をめざす「i-Construction 2.0」を掲げ、港湾分野でも「港湾におけるi-Construction・インフラDX推進委員会」を立ち上げました。2025年11月には第3回委員会が開催され、ICT施工の普及から海上工事のオートメーション化、BIM/CIMとクラウド連携まで、より踏み込んだ議論が進められています。
本記事は、建設会社の経営層・現場責任者・DX担当者の方向けに、
- 港湾分野で進むi-Construction・インフラDXの全体像
- そこで鍵を握るAI・BIM/CIM・遠隔施工・自動化の具体的な役割
- 自社プロジェクトへ取り入れる際のステップと注意点
を、実務目線で整理します。「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」シリーズの一環として、港湾工事という“最難関フィールド”でのDXから、陸上工事にも応用できる示唆を読み解いていきましょう。
1. 港湾工事DXを巡る国の方針と「i-Construction 2.0」
i-Construction 2.0がめざす2040年の建設現場
国土交通省が掲げる「i-Construction 2.0」は、2040年度までに次の状態を実現することを目標にしています。
- 省人化:少なくとも3割削減(同じ工事量を3割少ない人数で実施)
- 生産性:1.5倍(付加価値額ベース)
- 安全・快適:事故リスクを下げつつ、働きやすい環境を整備
この目標達成に向けて、港湾局は「港湾におけるi-Construction・インフラDX推進委員会」を設置し、
- ICT施工の普及拡大
- 新技術の導入(自動化・遠隔施工・AI活用 等)
- 建設生産プロセス全体の最適化
- 3次元データの利活用・データ連携
- 必要な要領・基準類の整備
といったテーマを総合的に検討しています。
なぜ港湾工事にDXが急がれるのか
港湾工事は、DX・AIのポテンシャルが特に高い分野です。その背景には、次のような特徴があります。
- 海上・水中作業が多く、危険度が高い
- 夜間・悪天候・長時間作業になりがち
- 大型クレーン船・起重機船・浚渫船など、大型で高価な重機が集中
- 作業エリアが広く、目視による安全監視に限界
つまり、「人が現場へ行かない」「人が重機を直接操作しない」「人が見張りに専念しなくてもよい」環境を作れるほど、安全・コスト・生産性のすべてに大きなインパクトが出る領域と言えます。
2. ICT施工の普及と“要領スリム化”が意味するもの
第3回委員会では、ICT施工の普及拡大に向けて各種要領のスリム化が議論されるとされています。この“要領スリム化”は、現場側からすると非常に重要なポイントです。
ICT施工が浸透しない3つの壁
これまでICT施工の普及が思うように進まなかった理由は、概ね次の3点に集約できます。
-
要領・仕様が複雑で分かりにくい
– どの工種で、どこまで3D化が必要かが判断しづらい -
発注者・受注者で認識が揃っていない
– 3Dデータの精度・納品形式・責任範囲が曖昧 -
中小企業には負担が大きい
– ソフトウェア・機器投資、教育コストが高い
要領があまりに細かく複雑だと、「要領を守ること」が目的化し、肝心の生産性向上や安全向上が二の次になってしまいます。
スリム化で期待できる効果
要領のスリム化により、次のような変化が期待できます。
- どの工種で何をやればよいかが直感的に理解しやすくなる
- 最低限守るべきルールと、現場裁量に任せる部分が明確化
- 中小企業も段階的なICT・AI導入がしやすくなる
特に「建設業界のAI導入ガイド」という観点では、
まずは3D起工測量・出来形管理から始め、次にAIを使った出来形判定や出来高算出へと進む
といったステップ導入の道筋が描きやすくなる点が重要です。
3. 海上工事のオートメーション化:自動・自律化と遠隔施工
第3回委員会の大きなテーマのひとつが、
「海上工事のオートメーション化を目指した作業船の自動・自律化及び、水中ICT建設機械の遠隔操作化」
です。ここには、AI・センシング・ロボティクスが密接に関わってきます。
作業船の自動・自律化がもたらすもの
作業船の自動・自律化では、たとえば次のような技術が組み合わさります。
- 衛星測位・GNSSによる高精度位置制御
- IMU・各種センサーによる姿勢・波浪補正
- AIによる最適ルート選定・作業計画の自動生成
- 自動停船・自動位置保持(ダイナミックポジショニングの高度化)
これにより、
- 砕石投入位置の精度向上
- 浚渫作業の過剰掘削の抑制
- 熟練オペレータに頼っていた「勘と経験」の一部をAIモデルとして再現・継承
といったメリットが見込まれます。少人数で複数船を管理する運航も現実味を帯びてきます。
水中ICT建設機械の遠隔操作とAI
水中バックホウ、浚渫機械、潜水作業支援ロボットなど、水中ICT建設機械の遠隔操作では、
- SONAR・水中カメラ・LiDAR等から得られる3次元データをリアルタイムに可視化
- オペレータは陸上または船上の安全な場所から操作
- AIが障害物検知・危険接近アラートを自動表示
といった形で、安全と生産性の両立が図られます。
特にAIは、
- 画像認識による水中構造物の損傷検知
- 機械学習による**「過去の操作ログ×施工結果」からの最適操作提案**
- オペレータ毎の操作癖を分析し、教育・訓練コンテンツを自動生成
といった形で、人材育成や技能継承の面でも効果を発揮します。
現場が今から準備すべきこと
海上工事のオートメーション化に備えて、施工会社として今から進められるのは次のような取り組みです。
- 作業船・水中機械の稼働データ・操作ログの蓄積
- CCTV・ドローン・水中カメラ映像の保存とラベリング
- 施工結果(出来形・品質)の3Dデータ化
これらはそのまま、将来のAIモデル学習のための教師データになります。いきなり高価なAIシステムを導入しなくても、「まずはデータを残す」ことから始めるだけで、数年後のDXのスピードが大きく変わります。
4. 港湾BIM/CIMクラウドとAI・施工管理ソフトの連携
今回の委員会では、
港湾整備BIM/CIMクラウドシステムと市販施工管理ソフト等とのデータ連携
も議題とされています。ここは、陸上工事を含む建設業界全体のDXに直結する重要テーマです。
BIM/CIMクラウドが変える“情報の流れ”
BIM/CIMクラウドの導入により、次のような世界が現実になりつつあります。
- 発注者・設計者・施工者・維持管理者が同じ3Dモデルを共有
- 図面・出来形・施工履歴・点検記録が一元管理
- 現場での変更が即座にクラウドへ反映され、関係者に共有
この“ひとつのデジタル空間”に、AIや既存の施工管理ソフトがつながることで、はじめて建設生産プロセス全体の最適化が見えてきます。
AI×BIM/CIM×施工管理ソフトの具体的な活用イメージ
港湾工事における、AIとBIM/CIM・施工管理ソフトの連携例をいくつか挙げます。
-
工程管理の最適化
- BIM/CIMモデル上で工種・ロケーションを紐づけ
- 施工管理ソフトの実績データをAIが学習
- 天候・海象・搬入制約を考慮した自動工程案の生成
-
安全管理・危険エリア可視化
- 3Dモデル上に、過去のヒヤリハット・事故データをマッピング
- AIが事故発生パターンを分析し、高リスク作業日の自動アラート
- 現場職員はタブレットで「今日の危険ポイント」を3Dで確認
-
出来形・品質管理の効率化
- ドローンやマルチビーム測量から得た点群をBIM/CIMに統合
- AIが設計モデルとの差分を自動判定し、出来形照査リストを自動作成
-
維持管理への橋渡し
- 施工時に記録した材料ロット・施工手順・検査結果をそのままストック
- 供用後の点検結果と紐づけて、AIが劣化予測・優先補修候補を提示
このように、BIM/CIMクラウドはデータをつなぐ“ハブ”として機能し、AIはその上で判断・予測・自動化を担います。
自社での取り組みのはじめ方
港湾・河川・土木一式を手掛けるゼネコン・専門工事会社が、BIM/CIM・AI連携を始める際のステップは次の通りです。
-
自社標準の3Dデータフォーマットを決める
– どの工種で、どの粒度まで3D化するかをルール化 -
既存の施工管理ソフトと3Dデータを“ゆるく”つなぐ
– CSV・IFC・LandXMLなど、現実的な範囲で相互変換 -
1案件でよいので「3D+AI+施工管理」を試す
– 例:出来形点群をAIで自動判定し、検査帳票と自動連携 -
成功パターンを社内標準として横展開
– 手順書・教育コンテンツ化し、他現場へ展開
一気に“全部DX”を目指すのではなく、小さく始めて、うまくいった型を標準化することが重要です。
5. 港湾DXから学ぶ「AI導入プロジェクト設計」の勘所
港湾におけるi-Construction・インフラDX推進の動きは、他の土木・建築分野にとってもAI導入の実践的な教科書になります。ここから、プロジェクト設計の勘所を整理しておきます。
1. 技術から入らず、「省人化3割」「生産性1.5倍」から逆算する
AI・DXはあくまでも手段です。
- どの工種・どの工程で、何人分の作業を減らしたいのか
- 1ヶ月あたり、何時間分の手戻り・ムダ時間を削減したいのか
といった定量目標を先に置き、そこから必要な技術を選ぶことが、投資対効果を最大化するポイントです。
2. 「自動化しすぎない」ライン設計
海上工事の完全自律化は、技術的にも制度的にもまだ途上です。現実的には、
- 危険で単調な作業を優先的に自動化・遠隔化
- 判断が難しい部分は人が行い、AIは**“セカンドオピニオン”**として活用
といった、人とAIの役割分担が鍵になります。すべてをAIに任せるのではなく、「どこまでAIに任せるか」を意識して設計することが重要です。
3. データ基盤づくりに腰を据える
画像認識による安全監視、AIによる工程最適化、熟練技術のデジタル継承――。これらの成否を分けるのは、日々のデータ蓄積と整理です。
- 写真・動画・点群・センサー値に、日時・場所・工種・担当者などのメタ情報を付与
- 現場でのルールとして、「データを残す」ことを組織文化にする
この地味な取り組みが、数年後のAI導入プロジェクトのスピードと精度を左右します。
まとめ:港湾DXは“建設AI時代”のロードマップ
港湾工事の現場で進むi-Construction 2.0とインフラDXは、
- ICT施工の要領スリム化による、現場目線の普及促進
- 作業船・水中機械の自動・自律化と遠隔施工
- 港湾BIM/CIMクラウドと施工管理ソフト・AIのデータ連携
といった取り組みを通じて、省人化・生産性向上・安全管理の高度化を同時に実現しようとしています。
これはそのまま、「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」シリーズが目指す、
人を危険から遠ざけ、データとAIで支える現場づくり
の実践例でもあります。
2026年度に向けて、国の検討結果や基準整備はさらに進みます。自社としてはその動きを待つだけでなく、
- データを残す文化づくり
- 小さなAI・ICT活用プロジェクトの試行
- 3D・BIM/CIMへの段階的シフト
といった“土台づくり”を今から進めることで、数年後の競争力に大きな差がつきます。
次にどの現場から、どの工程からAIを試すのか――。港湾DXの動きをヒントに、自社なりのAIロードマップを描き始めてみてください。